佐野蕎麦誕生秘話

佐野蕎麦誕生秘話

 

コンパクトになった佐野蕎麦誕生秘話(クリック拡大)


この元となった原文 佐野蕎麦 誕生秘話(長文)です    塩だけで食べる異次元な十割そば 佐野蕎麦 佐野道夫

永年事務職のサラリーマンをやっていて転職しつつも一生サラリーマンを続けるものと思っていたが
前職でトップと意見が合わず それに合わせることを好まず対立しリストラに会い急遽異業界へ転職

工場の納期管理で現場とお客さんの板ばさみ誰もやりたがらない職種だけど選択肢は無かった
初めてのオンパレードだけど3年は乗り切ってお客さんの評価も高かったが4年目に隣の席のヤツが営業に飛ばされ
彼の担当が全部僕の担当になり仕事量がいきなり4倍になり着いて行けなくなった

それでも食い下がり上司から「俺は朝6時からやってたもんや」と言われ
元々夜中2時までやっていた上に朝6時に出勤するようになったがこれでは続かない過剰労働だ

この過剰労働とプレッシャーの挙句にミスをし会社に損失を与えてしまい僕は現場の3交代勤務に
やったことも無い作業ばかりでこれこそ着いて行けなかった
高温の液体を回している機械を開けてしまいその高温の液体が流れ出し死に掛けたことも有った

結局僕にはその機械は扱えないということでもう少し簡単な作業に移されたがこの時からパワハラを受け始め
上司が近づいて来るだけで出来る作業も出来なくなった

時には産まれて初めてやる作業でも何も教えられないままやらされ
「なんやこんなことも出来んのか?お前はホントなんも出来んヤツやなぁ」と恫喝された

そんなパワハラやプレッシャーに負けて自分が崩壊してしまい生きているか死んでいるかもわからない状態になり
退職したのは2004年 40歳

 麺類の食べ歩きが好きでいろんなお店を食べ歩いていたが、生きているか死んでいるか わからない状態
そんな状態が幸いしてか、美味しい蕎麦はダシにつけずに そのまま食べた方が美味いことに気づく。

遠くのお店には行けなくなってしまったこともあり近所にある「だいこん舎」という蕎麦屋に頻繁に行くようになり
何も出来ないと全否定され ぶっ壊された自分。そんな自分を取り戻そうと、だいこん舎に「洗い物と接客だけさせて欲しい」と頼み込む。

そのうち蕎麦を打ち始めたが、なかなか難しく毎日蕎麦とは呼べないものが出来、嫌で嫌で仕方なかった。
しかし、毎日やっていれば不思議と出来るようになるものだ。それが自信になり自分が少しずつ取り戻せて行った。
さらに難易度の高いツナギを使わない十割そばにチャレンジすることでより自信を深めて行った。

だが、2005年の冬 思うように蕎麦が打てず大きな壁にぶち当たり、
大雪が降ったのをいいことに蕎麦打ちをサボり一冬 一度も蕎麦を打たず駐車場の雪かきばかりしていた。

そんな中お客さんから僕に「100食蕎麦を打ってくれ」と依頼があった。
思うように蕎麦が打てていない上に一冬一度も蕎麦を打っていない状況、
断るしかないと思ったが、蕎麦をやめる前の記念のつもりで依頼を受けた。
これがたまたま新蕎麦の時期だったからか思いのほか上手く行き楽しむことも出来たので
何も出来ないと全否定された自分にも蕎麦屋が出来るのではないかとおぼろげながら思った。
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そんな時 福井新聞から取材が入り、蕎麦屋が出来るといいなと漠然と話したことが、
「この秋開業と書かないと記事にならない」と強引に書かれ、それも大きく取り上げられたことから大騒ぎになった。

福井新聞 2016年3月4日(クリック拡大)
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それでも蕎麦屋はやるつもりはなかったのだが、
蕎麦好きが多い福井県民なのに蕎麦には味も香りも無いと言う方が意外と多かった。
この事実に愕然とし蕎麦に触れたお蔭で生きながらえた感謝を込めて、
福井の方に蕎麦の味と香りを感じてもらえる店をやってみようと思った。

儲けようなんて全く考えず、ぶっかけのおろしそばがソウルフードの福井なのに、
ダシをぶっかけるメニューが無い
蕎麦屋を開業してしまった。
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↑の写真は「全国ネットのテレビ『きになるオセロ』より」  ゲストは津田寛治さん

佐野蕎麦の開業は新聞に載り

日刊県民福井 2016年12月5日(クリック拡大)

テレビのニュースに

蕎麦の味と香りを感じてもらえる蕎麦屋なので、蕎麦の鮮度にだけは徹底的にこだわった。
毎日必要な分だけ玄蕎麦(蕎麦の実)の殻をむいて 毎日必要な分だけ粉を挽いて 毎日必要な分だけ蕎麦を打って
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毎日毎日ただただそれだけを精一杯

その結果「蕎麦の味と香りを初めて感じたわ」 「ダシを頼んだけど結局使わなかったわ」
よく言われることだ
中には「その分のお代は払うけどダシは手をつけてないので返します」と言われる方まです

また「よそで塩だけで食べる蕎麦食べたけど美味しくなかったので、塩なんかいらん」と最初は言われた方も
一口食べられて「ここの蕎麦は違うから、やっぱり塩くれ」と言われた。

少しでも蕎麦の味と香りを伝えることが出来たようだ

数年経ちさらにハードルを上げた 蕎麦を3種類にしたのである。

何もかも労力は何倍にもなる代わりに 提供時間は延びる 数をこなせない 売り上げを上げにくい

しかし 持って行っただけで歓声が上がる 写真を撮る方は多数 そして食べて歓声が上がる
しかも蕎麦一本一本と会話をしていただける

そして珍しいことに蕎麦自体をツマミに酒を呑まれる方が増えた。
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佐野蕎麦のオススメの食べ方 それは塩だけで食べること

よく変わったことしてるなーと言われるが
決して変わったことをしようと思ったのではない。蕎麦を感じて貰おうと思ったらこうなったのだ。
こうしたから何処よりも蕎麦を感じて貰える蕎麦屋になったのだ。

そんな何処にも無い蕎麦屋、それが佐野蕎麦だ。

今でも自分が蕎麦屋をやっているのが不思議だが
氏名には使命がある 氏名を並べ替えると使命が現れる。
果たして佐野道夫の使命は さのみちお  並べ替えると  さおのみち  竿の道

竿=蕎麦打ち棒
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蕎麦打ち棒を使う仕事とは、蕎麦打ち職人
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10年前まで事務職のサラリーマンをやっていて今でも自分が蕎麦屋をやっているのが不思議だが
蕎麦打ち職人

それは 産まれた時から決まっていたことかもしれない。
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そして 3種盛りは2016.2.5(金)より
手前左と手前右を
恐らく日本一粗くてワイルドな蕎麦粉使用に変更し

第2期 異次元な3種盛りへ
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そして 佐野蕎麦は2017.2.17(金)より

まさかの日本 唯一「9種盛り」 「10種類の十割蕎麦」へ
9種盛り+飲む蕎麦右から

そして 3種盛りは2017.9.3(金)より

手前左と手前右を

「恐らく」ではなく「間違いなく」日本一粗くてワイルドな蕎麦粉使用に変更
下が異次元な「恐らく」日本一粗い蕎麦粉 上が超次元な「間違いなく」日本一粗い蕎麦粉

それで打った豪胆蕎麦

どこにも無い 超次元な第3期 3種盛りへ

佐野蕎麦の進化はますます続く!!! To be continued!!!